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福岡高等裁判所 昭和28年(う)430号 判決 1953年4月27日

控訴人 被告人 中村久市

弁護人 夏秋武樹

検察官 納富恒憲

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人夏秋武樹が陳述した控訴趣意は記録に編綴の同弁護人提出の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

同控訴趣意第一点について、

記録を調査すると、被告人関係の原審における本件訴因及び罰条の変更請求書記載の訴因及びこれに対応する被告人関係の原判示事実の各要旨は、被告人はスクリユーを備える小型漁船新生丸(原審において取調べた山口県知事の小型機船底びき網漁業許可証写により新正丸とあるのは誤記と認める)の所有者にして同船により小型機船底びき網漁業を営む上田正吉に雇われ、同船の船長兼漁ろう長として同漁業に従事しているものであるが、佐賀県知事及び長崎県知事の許可を受けないで、昭和二十七年十月二十八日午前六時頃から同日午前十時頃までの間長崎県北松浦郡二神島附近において、上田正吉の業務に関し、前後三回に亘り同船により底びき網を使用して小型機船底びき網漁業をなし、時価五千七百円相当の「小いとより」等の漁類を漁獲したものであるというのであり、当審において検察官の請求により前掲訴因中「佐賀県知事及び」とあるのを削除することを許可したのであるが、右削除にかかる訴因に対応する事実を除外した原判示事実及び右長崎県北松浦郡二神島附近の海域が長崎県知事の管轄に属することは原判決の挙示した証拠を綜合すれば充分にこれを認めるに足り、該事実は漁業法第六十六条の二第一項第百三十八条第六号に該当することが明らかである。論旨は漁業法第六十六条の二第一項にいわゆる都道府県知事とは当該漁場を管轄する都道府県知事に限局すべきではなく、該漁場を管轄する都道府県知事以外の知事をも包含するものと解すべきである。もし然らずとすれば、昭和二十七年三月十四日農林省告示第八十二号によると漁業法第六十六条の二第三項前段の規定に基き許可をすることのできる小型機船底びき網漁業の種類別の船舶の隻数等の最高限度を各都道府県別に割当てられているのに、同一の船舶が二県にまたがり機船底びき網漁業をしようとする時は同一の船舶につき二県知事の許可を要すべき結果となり、農林大臣の許可には一隻の船舶による漁業であるのに数字上二隻の船舶による漁業であるかの如き不合理なる結果となる。しかして原判示上田正吉は山口県知事から原判示機船新生丸を使用して小型機船底びき網漁業をなすことを許可されているのであるから本件犯罪を構成するものでないというのであるが、漁業法第六十六条の二第一項の規定により同条所定の漁業につき船舶ごとに許可をなし得る権限を有する都道府県知事とは当該漁業の操業海域を管轄する都道府県知事を指斥し、該海域を管轄しない都道府県知事を包含するものではない。けだし、漁業法第六十六条の二第三項には「主務大臣は漁業調整のため必要があると認めたるときは、都道府県別に第一項の許可をすることができる船舶の隻数、合計総トン数、若しくは合計馬力数の最高限度を定め又は海域を指定し…‥最高限度を定めることができる」旨規定し、以て主務大臣が水産動植物の繁殖、保護、漁業取締等漁業調整のため都道府県別に漁業法第六十六条の二第一項の許可ができる船舶の隻数等の最高限度についての定めをなし得ることを明らかにし、又同条第五項には「都道府県知事は第三項の規定により定められた最高限度を超える船舶については第一項の許可をしてはならない」と規定し、以て都道府県知事が当該都道府県別に割当てられた船舶の隻数等の最高限度をこえて同条第一項の許可をなし得ないことを明らかにしているのであるが、もしそれ漁業法第六十六条の二第一項にいう都道府県知事(以下単に府県知事と略称する)を所論のごとく操業海域を管轄しない府県知事をも包含するものと解すれば、操業海域を管轄する府県知事が漁業法第六十六条の二第三項により当該府県に割当てられた船舶の隻数等の最高限度まで同条第一項の許可をしたため、同条第五項により、もはやこれ以上許可をすることができないのに拘らず、該操業海域を管轄しない府県知事の許可処分により漁業法第六十六条の二第五項違反を招来する結果となる。豈かかる理あらんやである。なお漁業法第百三十六条には「漁場が二以上の都道府県知事の管轄に属し、又は漁場の管轄が明確でないときは、主務大臣はこれを管轄する都道府県知事を指定し、又は自ら都道府県知事の権限を行うことができる。」旨規定しているので所論のごとく漁場が二府県にまたがる場合は、主務大臣によりこれを管轄する府県知事の指定を受けることができるので、所論のごとく船舶の隻数等の最高限度の定めにつき不合理な結果を生ずべき憂は毫も存しない。しからば山口県知事から原判示機船新生丸を使用して小型機船底びき網漁業の許可を受けた事実(しかも記録によれば同知事の許可は操業海域を山口県外海と制限しており管轄外の他府県の海域における操業を許可したものでないことが明らかである)は被告人の前掲違反罪の成否に何等の影響を及ぼすものでないものといわなければならない。さすれば原判示事実の成立を認め(前掲当審において検察官の訴因の削除を請求した部分の存することは原判決に何等影響を及ぼすものと認められない)これを原判示法令に問擬した原判決はまことに正当であり、原判決には所論のような違法がないので、論旨は理由がない。

同控訴趣意第二点について。

しかし、記録及び原裁判所において取調べた証拠に現われた本件犯罪の態様、本件漁獲高その他主観、客観諸般の情状並びに被告人が本件犯行前の昭和二十七年三月漁業法違反罪により罰金二千円に処せられている事実に鑑みると、所論の事情をとくと斟酌しても被告人を懲役二月に処した原判決の量刑を目して強ち重きに過ぎる不当のものとは認められないのでこの点の論旨も理由がない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条に則り本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 谷本寛 裁判官 藤井亮 裁判官 吉田信孝)

弁護人の控訴趣意

第一点原判決は法律の解釈適用を誤つた違法があるものと思料する。原判決は其の理由、第一項記載事実を認定し右被告人の行為は漁業法第百三十八条第六号同法第六十六条の二第一項に該当するものとし被告人を懲役二月に処した。然し乍ら右は漁業法第六十六条の二第一項の解釈を誤つたに依るものであると思料する。即ち小型機船底曳網漁業を営むには都道府県知事の許可を要するのであるが原判決は右都道府県知事とは当該漁場に行政権を有する者なりと解して居るものの如くである。処で若し原判決の如く解するとすれば次の矛盾を生ずる事となる。即ち小型機船底曳網漁業について昭和二十七年三月十四日農林省告示第八十二号によれば漁業法第六十六条の二第三項前段の規定に基き、許可をする事が出来る小型機船底曳網漁業の種類別の船舶の隻数、合計総トン数及び合計馬力数の最高限度を各都道府県別に割当てられている。然らば若し同一の船舶が二県にまたがる機船底曳網漁業を為さんとする時は(斯る事は殊に県界等に根拠地を有する漁業者には当然起り得る処である)同一船舶に付二県の知事の許可を受けねばならない。従つて農林大臣の許可には一隻の船舶による漁業であるにも拘らず二隻の船舶による漁業であるが如く数字上は現われて来るのである。而して前記法律の立法趣旨は全国の小型機船底曳網漁業を営む船舶を適当の数に制限する事により漁類の乱獲を阻止するにあるのであるが、さりとて必要以上に制限する趣旨でもないのである。

然るに上述の如くんば農林大臣は法の必要とする制限以上の制限を小型機船底曳網漁業に加えしかも農林大臣は之を知らざる結果となる。而して漁業法第六十六条の二第一項の意図する処も前記法律の規定と相まつて同様の効果を得んとしている事は論ずるまでもない。然らば漁業法第六十六条の二第一項の規定する都道府県知事とは当該漁場を管轄する都道府県知事とせまく解すべきでない。而して被告人は山口県知事の許可は得ているのである。

第二点仮に前記論旨が理由無しとするも原判決は其の刑の量定不当であると思料する。即ち被告人は当該漁場を管轄する知事の許可を受けなければ小型機船底曳網漁業を営んではならないとは思つていなかつたのである。勿論法の不知を以て罪無しと言うのでは無いが漁業法の改正による混乱期にある現在に於て被告人等に其正確なる解釈を要求するのは無理である。本件を起訴した検察官も当初は小型機船底曳網漁業取締規則違反即ち所謂禁止区域違反として起訴したのであつて知事の許可を受けなかつたと言う事は念頭に無かつたのである。被告人等の警察官、検察官に対する供述も亦禁止区域を犯した事に対する供述のみであつて(実際には佐賀県、長崎県には法に定むる禁止区域は存しないのであつて日本国中に於て之のあるのは北海道附近海域のみである)知事の許可を受けずして漁獲を為した旨の供述は存しない有様である。検察官にして既に然り一介の漁夫である被告人に於て法の内容を知らざるは当然の事ではなかろうか、而もその法を犯したの故を以て体刑を以て臨むは残酷である。成る程被告人は漁業法違反の前科を有するが被告人等と同時に起訴せられた井町鶴松は同じく佐賀地方裁判所唐津支部に於て罰金弐万円に処せられた。而して同人は漁業法違反の前科数犯を有し漁獲高も被告人と同様である。更に山口地方裁判所管轄内に於ては本件同様の事案はすべて罰金参千円以内であると聞き及ぶ。然るに被告人にのみ体刑を以て臨むは刑の均衡を失すると共に元来小型機船底曳網漁業は原審公判廷に於ける証人山本勇の証言により明らかである如く中型以上の機船底曳網漁業と異り非常に小規模であつて一二回の操業により体刑を以て臨む必要ある程沿岸漁業を害するものでは無いのである。仮に被告人が有罪なりとするも罰金刑に処すれば充分であると思料する。

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